「喜びの詩」 第20号 2008年6月13日
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目次
□ 世界の成り立ちについて
□ 人のありようについて
□ 生きることについて
■ 自分の生を、より大きな喜びにすることについて
● 感情の循環 (●前半/○後半)
○ 体験の循環
○ 完全さと不完全さ
○ 苦しみの成り立ち
○ 苦しみの解消
□ 他者との関わりを、より大きな喜びにすることについて
□ 社会との関わりを、より大きな喜びにすることについて
□ いくつかのものごとについて
(本号に掲載するもの:■●)
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─────── 感情の循環
感情とは、情報の一つ。
それは、自分の状態についての情報。
自分が今、どのように満ち足りているか、いないかを示す情報。
つまりそれは、自分の喜びの状態についての情報。
自分が今、どのくらい生の目的にかなっているか、いないかを示す情報。
感情は、生の目的に直結している点で、あらゆる情報の中でも特別なもの。
他のどんな情報より、感情が人を突き動かすというのも、もっともなこと。
感情は、何かを感じることで端を発し、思いになって出力される。
その思いを再び感じ、入力することで、感情は循環するものになる。
つまり、感情の循環とは、情報の入出力の循環の一つ。
感情の基本は「喜び」。
そしてそれが欠乏した状態にあたるのが「苦しみ」。
「喜び」は正の感情、「苦しみ」は負の感情。
「喜び、苦しみ」の二つの感情のもと、中間的な様々な感情が成り立つ。
感情が正に傾くとき、
望むものを進んで受け入れようとするため、そのかたちはおよそ一つにまとまりやすい。
感情が負に傾くとき、
それに抗しようとする気力の大きさによって、そのかたちはいくつかに分かれてくる。
苦しみに反発しようとするのが「怒り」。
苦しみから逃げようとするのが「恐れ」。
苦しみを受入れようとするのが「悲しみ」。
苦しみに抗する気力は、前者ほど大きく、後者ほど小さい。
気力が変動すれば、それにつれて感情も移り変わる。
たとえば、何かの危機が迫ったとき、
人は、それに立ち向かって行ったり、おののいて立ちすくんだり、泣き出したりしうる。
これらの態度は、怒り、恐れ、悲しみの感情に対応し、気力の大きさを映したもの。
気力が変動すれば、その態度も順に移り変わることになる。
「怒り」には、喜びへ向かう要素が含まれる。
苦しみに甘んじることを認めず、奮起することで、建設的な方向へ向かいうる。
しかし、見境なく興奮すれば、自分や他者を傷つける、破壊的な方向へ向かい、
「具現化作用」や「収支平衡作用」によって、さらに苦しみを呼び寄せることにもなる。
「悲しみ」にも、喜びへ向かう要素が含まれる。
苦しみを受け入れ、行き着くところまで行き、気力の充実を待てば、方向は自ずと反転しうる。
しかし、いたずらに受け身の状態をむさぼり、自ら悲しみにおぼれるなら、
「具現化作用」によって、さらに苦しみを受け入れることにもなる。
「恐れ」には、喜びへ向かう要素は含まれない。
苦しみから逃げる以上は、それを苦しみとして積極的に認め、むしろ膨らませることになり、
「具現化作用」によって、さらに苦しみに追われることにもなる。
気力を高めて苦しみに反発するか、諦めて苦しみを受け入れるか、どちらかに覚悟を決め、
逃げるのをやめることで、喜びへと向かいうる。
または、未然のものごとについては、それに実際に直面し、
逃げる余地をなくすことで、喜びへと向かいうる。
苦しみからどんなに逃げようとしても、
それはいずれ、避けられるか避けられないか、どちらかに決まる。
もし、
できることをやって、苦しみが避けられるなら、
それを恐れる必要はない。気を強くもって、できることをやれば済む。
恐れれば、むしろ恐れる内容を、具現化に向かわせるのみ。
もし、
できることをやって、苦しみが避けられないなら、
それを恐れても始まらない。じたばたせずに、諦める他はない。
恐れれば、後で味わえばいい苦しみを、前倒しして余分に味わうのみ。
恐れることで、苦しみは想像の中で膨らんでいく。その分、
実際に直面する苦しみは、恐れている最中の苦しみより、往々にして小さいものでありうる。
また、直面して通り過ぎた後は、どんな苦しみも、最終的に成長の糧になる。
つまり、何かを恐れることは、いつでもおよそ無駄なこと。
そもそも、生という表現の出発点は、「遊び」にあったはず。
それは、のびのびと喜びを表現し、味わうものだったはず。
恐れとは、この出発点から、いかにもかけ離れたもの。
苦しみの後に喜びを得ると、人は泣くことがある。これは感動というものの一つ。
人は、喜びを得るまでは、くじけないように気力を張って、苦しみに抗している。
しかし喜びを得ることで、その必要がなくなり、気力が解け、苦しみの余韻を受け入れる。
その時、感情は、喜びとともに、悲しみを帯びることになる。
それまでの苦しみが大きいほど、喜びも大きくなり、帯びる悲しみも大きくなる。
つまり、人が涙もろくなるのは、それだけ苦しみを重ねてきたことの表れでありうる。
または、気力が弱まっていることの表れでありうる。
喜びにしても、苦しみにしても、それが急にもたらされる状態が、驚きというもの。
刺激が急に与えられた直後、その内容がよくわからない内は、
まずそれは、平穏な安心を破る苦しみと捉えられる。
ゆえに驚きは、実際の内容にかかわらず、瞬発的な恐れや、怒り、悲しみを伴いうる。
人の感情は、どんなに複雑であっても、
喜びと苦しみ、その派生である、怒り、恐れ、悲しみの、微妙な配合として読みとれる。
実際の感情は、正か負のどちらか一方だけでなく、常に両方をいくらか含むもの。
基本的な感情を含んで、様々な思いや感覚が成り立つ。たとえば、
「喜び」を主に含むのは、楽しさ、快さ、幸せ、安心、期待、勝利感、誇り、感謝、など。
「苦しみ」を主に含むのは、辛さ、痛み、悩み、困難、敗北感、恥かしさ、罪悪感、など。
「怒り」を主に含むのは、反骨、不満、苛立ち、逆上、恨み、憎しみ、妬み、など。
「恐れ」を主に含むのは、心配、不安、怯え、焦り、取り越し苦労、疑心、など。
「悲しみ」を主に含むのは、後悔、残念、諦め、寂しさ、惨めさ、羨み、など。
苦しみを含むものからは、怒り、恐れ、悲しみを含むものが派生しうる。
怒り、恐れ、悲しみを含むものは、常に苦しみも内に含む。
正の感情を含むものは、より「明るい」思いや感覚にあたり、
負の感情を含むものは、より「暗い」思いや感覚にあたる。
ここで、基本的な感情が、自分の中で制御できることになれば、
それを含んだ多くの思いや感覚も、制御できることになる。
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あとがき
ここでは、喜怒哀楽といった感情の分化を整理しました。
これを実際に、人の感情の動きにあてはめて、検証し続けていますが、
今のところ問題はなく、むしろいろいろと気づきをもたらしてくれます。
またここでは、「恐れ」をコントロールするための考え方を取り上げましたが、
これも実際の場面で有効性があるものと思います。
次号では、感情全般のコントロールについて考察します。
それではまた。
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発行者 哲楽人 週2回発行(月曜・金曜)
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